フラクタル 最終話「楽園」を観て
最後の最後、グッときました。なんだかんだで、クレインに感情移入してたんですね。
ごくごく普通の男の子。世界がどうこうには、強い思いがあるわけでなく、その行動は、ただただフリュネとネッサへと向かう。それがラストシーンに集約されてた。
クレインの好きの対象は、はっきりとフリュネでした。クレインとネッサのコンビがなかなか楽しげでよかったのですが、クレインにとってネッサは恋愛の対象外。なんか、最後でネッサがふられちゃったように見え、ちょっとかわいそう。実際にふられたわけではありませんが。最後のフリュネは、フリュネとネッサが一つになった、本来のフリュネですね。
最終回にしてオープニングの意味が分かりました。あれは神フリュネだったんですね。そう思うと、なかなか怖く神秘的なオープニングです。
女子高生の神フリュネには、意表を突かれました。もっと物静かで神秘的なイメージを持っていたので。
多重人格。ネッサというもう一つの人格を作り出し、そこに感情に当たる部分を閉じ込めてしまう。当のフリュネ自身がどんなにつらいめにあっても、それを苦痛に感じないように。それにしても、近親相姦はちょっと重いです。
フリュネがカギになる決心をしたのは、ネッサが消えてしまわないようにするため。物語の最初の頃は、二人はお互いに嫌っていた。多分、二人が一つになって二重人格がなくなることを恐れていたのかな。ネッサは自分の心。旅する間に、自分の心が愛おしいものになってきた。バローを刺して、私はけがれているとなげくフリュネの涙を、きれい、キラキラ宝石みたいと言ってなめるネッサ。けがれた自分に対し自分の心が、そんなこと無い、きれいだよと言っている。そんな心を消してしまうわけにはいかなかったんですね。この物語はクレインの目線で描かれていたけど、やはり主役はこの二人ですね。
スンダは死んでしまいました。最後にこの世界が間違ってるのかどうかわからないがと言ってましたが、物語としても、フラクタルを完全に否定してしまわないような終わり方でした。フリュネは、今ならこの世界を好きになれると言ってました。現代社会を風刺した物語。グラニッツのように土を耕して生きていくことも忘れまいようにというのが届けたいメッセージでしょうか。ただ、指に土が入った等の描写は、すこしわざとらしく感じました。
ともあれ、今回で物語も終わりです。
痛快な活劇よりも、風刺やSF、メッセージ色の強い作品でした。そんな中で、クレイン、フリュネ、ネッサの三人が一緒にいるシーンは、こちらを温かくしてくれました。後半にかけ、ずっとずっと三人一緒という言葉を柱に物語が進んでいったのがよかったと思います。
面白かったです。監督、やめないでください。

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おまけ: Another フラ 第6話
某デパート
フリュネ「よかったわ、エレベーターの中があったかくて」
ネッサ 「フリュネのひざもあったかーい」
クレイン「もうすぐだからね、ネッサ。ほら、元気出して」
チーン
フリュネ「さあ、着いたわ、ここが聖域です」
ネッサ 「わぁー、ネッサ、パンダ好き。パンダに乗るのも好き。みんな一緒に乗るのはもっと好き」
クレイン「ちょっとネッサ、一人しか乗れないよ」
フリュネ「つめれば大丈夫ですよ。それより、ネッサが元気になって本当に良かった。さ、行きましょ、クレイン」
クレイン「ああ、フリュネまで」
フリュネ「それでは、私はネッサの後ろに乗りますから、クレインは私の後ろに」
クレイン「後ろにったって」
フリュネ「ギュッとくっつけば良いのです」
クレイン「ギュッとくっつくの?」
ネッサ、「ネッサ、みんなでくっつくの大好き。ネッサは大好きが大好き」
クレイン「じゃ、こ、こうかな・・・ん?何だろう。空を何かが飛んで来るよ」
ダナン 急接近
エンリ 「クレインのエッチー」
買い物に疲れていたネッサも屋上の遊園地でリフレッシュ。
よかったね、ネッサ。
おわり

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ごくごく普通の男の子。世界がどうこうには、強い思いがあるわけでなく、その行動は、ただただフリュネとネッサへと向かう。それがラストシーンに集約されてた。
クレインの好きの対象は、はっきりとフリュネでした。クレインとネッサのコンビがなかなか楽しげでよかったのですが、クレインにとってネッサは恋愛の対象外。なんか、最後でネッサがふられちゃったように見え、ちょっとかわいそう。実際にふられたわけではありませんが。最後のフリュネは、フリュネとネッサが一つになった、本来のフリュネですね。
最終回にしてオープニングの意味が分かりました。あれは神フリュネだったんですね。そう思うと、なかなか怖く神秘的なオープニングです。
女子高生の神フリュネには、意表を突かれました。もっと物静かで神秘的なイメージを持っていたので。
多重人格。ネッサというもう一つの人格を作り出し、そこに感情に当たる部分を閉じ込めてしまう。当のフリュネ自身がどんなにつらいめにあっても、それを苦痛に感じないように。それにしても、近親相姦はちょっと重いです。
フリュネがカギになる決心をしたのは、ネッサが消えてしまわないようにするため。物語の最初の頃は、二人はお互いに嫌っていた。多分、二人が一つになって二重人格がなくなることを恐れていたのかな。ネッサは自分の心。旅する間に、自分の心が愛おしいものになってきた。バローを刺して、私はけがれているとなげくフリュネの涙を、きれい、キラキラ宝石みたいと言ってなめるネッサ。けがれた自分に対し自分の心が、そんなこと無い、きれいだよと言っている。そんな心を消してしまうわけにはいかなかったんですね。この物語はクレインの目線で描かれていたけど、やはり主役はこの二人ですね。
スンダは死んでしまいました。最後にこの世界が間違ってるのかどうかわからないがと言ってましたが、物語としても、フラクタルを完全に否定してしまわないような終わり方でした。フリュネは、今ならこの世界を好きになれると言ってました。現代社会を風刺した物語。グラニッツのように土を耕して生きていくことも忘れまいようにというのが届けたいメッセージでしょうか。ただ、指に土が入った等の描写は、すこしわざとらしく感じました。
ともあれ、今回で物語も終わりです。
痛快な活劇よりも、風刺やSF、メッセージ色の強い作品でした。そんな中で、クレイン、フリュネ、ネッサの三人が一緒にいるシーンは、こちらを温かくしてくれました。後半にかけ、ずっとずっと三人一緒という言葉を柱に物語が進んでいったのがよかったと思います。
面白かったです。監督、やめないでください。

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おまけ: Another フラ 第6話
某デパート
フリュネ「よかったわ、エレベーターの中があったかくて」
ネッサ 「フリュネのひざもあったかーい」
クレイン「もうすぐだからね、ネッサ。ほら、元気出して」
チーン
フリュネ「さあ、着いたわ、ここが聖域です」
ネッサ 「わぁー、ネッサ、パンダ好き。パンダに乗るのも好き。みんな一緒に乗るのはもっと好き」
クレイン「ちょっとネッサ、一人しか乗れないよ」
フリュネ「つめれば大丈夫ですよ。それより、ネッサが元気になって本当に良かった。さ、行きましょ、クレイン」
クレイン「ああ、フリュネまで」
フリュネ「それでは、私はネッサの後ろに乗りますから、クレインは私の後ろに」
クレイン「後ろにったって」
フリュネ「ギュッとくっつけば良いのです」
クレイン「ギュッとくっつくの?」
ネッサ、「ネッサ、みんなでくっつくの大好き。ネッサは大好きが大好き」
クレイン「じゃ、こ、こうかな・・・ん?何だろう。空を何かが飛んで来るよ」
ダナン 急接近
エンリ 「クレインのエッチー」
買い物に疲れていたネッサも屋上の遊園地でリフレッシュ。
よかったね、ネッサ。
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